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2005.1.28
friday
ちょっと心がほぐれてきた。回復するスピードが思いのほか速くて驚いている。25日の文章をダダッと思いに任せて書いてみて、何時間もかかって文章を修正して(忙しい状況なのに何をやっているんだか・笑)アップするうちに、客観的に自分の書いたものを見ることが出来てきた。そして、刺繍を何時間も進めながら、ビデオを観ながら、頭の中や、感情が整理されていく。とりあえず悩んでいる事をdiaryに書いてみたけど、これから自分はどうしたいの?何が一番自分にとって大切なものなの?何を守りたいの?・・・考えが飛躍していく。今までの10年を振り返って考えてみる。彼との日常を思い出してみる。彼の言葉や行動を思い出してみる。
たとえば自分がもうすぐ死んでしまうとしたら・・、もし彼が死んでしまったとしたら・・・そんな究極なことも想像してみたら、やっぱりこの10年で変わらず一番大事なものは彼なんだ
なと思った。やっぱり彼との暮らしを守りたい。今までもそれを守りたいから寂しさに耐えることを選択してきた。でも、心の半分は寂しい気持ちで埋まってた。故郷にしがみついて、自分で自分の気持ちを寂しくしていたんだと思う。これからも、故郷を忘れる必要はないし、
無理して今の土地に染まることもないし、時々は故郷に帰ろう。でも、これからは自分で自分を寂しくしてしまうのはやめようと思った。故郷のことをいくら思っても、考えても、故郷は近くにはならない
し、そこで暮らすことはもう出来ない。故郷での思い出を忘れる必要は全然ないけれど、ただ振り返って悲しむことに時間を使うのはやめよう。私の人生は一度きりで、
「今」はすぐ「過去」になりながら休まず流れている。費やした時間は戻ってこない。私の命だって、あと何年残されているかわからない。だから故郷を思って寂しく生きるのは
もうやめて、今手にしているしあわせを見つめなおして、ちゃんと感じながら生きて行こうと思う。ちょっと見方を変えてみてみると、私はいろんなものを持っているはず。いろんなしあわせが近くにあるはず。私の時間は私次第で、きっとどんな時間にもなるはず。しあわせな、楽しく感じられる時間
を作れるはず。自分で自分をしあわせにしてあげることが出来るはず。考え方次第できっとそれが出来る。へなちょこな精神の自分だから、きっとまた、同じようなブルーな気持ちになることがあると思う。でも、また何日
も掛けていちからやり直そう。この日のdiaryも見たりして、思い出したり考えたりしてみよう。何度でも立ち止まって修正すればいい。
ここ数日、刺繍をしていて思った。最近良く眠れるな、と。もうずっと前から、とにかくとても寝つきが悪い。ふとんに入ってもなかなか眠れなかったり、夜中に何度も目が覚めてしまっていた。でも、刺繍を始めてからは、毎日くたくたでぐったり。疲れるからよく眠れるのか。。それに、一日に何時間も刺繍をしているので、肩や首がパンパン、目も疲れる。Hoe
to本だから、私のこの刺繍を見て読者の誰かが同じものを刺すかもしれない。お手本を作らないといけないのだから、ものすごく慎重に針を進める。ちょっと気に入らないと、ほどいて刺しなおす。丁寧にやっている分、仕上がりはきれいにいく。・・・・体はくたくただけど、時間はすごくかかるけれど、きれいに出来る。体はくたくただけど、そのぶん良く眠れる。な
にげない行動の中で、フッと体と心で感じた。良い事と悪い事はもしかして常に同居しているのか?と。メリットとデメリットは物事の中で常に同居しているのではないかと。
物事には光と影が必ず存在するのかもしれない。いろんなことを例にして考えてみた。旅行に行けば、いろんなものを見れたり、おいしいものを食べたり、
かわいいものが買えたり、楽しい思い出も出来る。でも、お金がかかったり、くたびれたり、時間を費やしたりもする。大好きな甘いものを食べれば幸せだけど、脂肪が気になる。味の薄い料理はおいしくないけど体には良い。石鹸は少々使いづらいけれど体には害がない
し、環境にもやさしい。
仕事や勉強は、その時は辛いけど良い結果が出たり、得られるものがある。上質な服は長持ちするけれど、高い。安物の服はたくさん揃えられるけれど、長持ちしない。(特にニット!)ふだん何気なくしている行動を、こうしてゲームのようにいろいろあてはめて考えてみると、なんだか
ひとつの法則のよう。全ての事柄があてはまるかはわからないけれど、たいていのことはそうなのかも、と思った。なら、私のこの生活もそうだ。故郷を離れ
たことは寂しいけれど、好きな人と暮らせている。
プラスとマイナスが同居している。物事は一見悪い事のように見えても、良い要素も隠れている。一見とても良い事のように見えても、悪い事や、損をしていたりすることも実は含まれている。良い事だけ100%、悪い事だけ100%なんてものはないのかもしれない。私の憶測だけど。でも、そう考えたら、喜びと悲しみ
、苦と楽は隣り合わせなのが普通のことなのかもしれないと、気持ちがラクになった。これでいいんだと。
悲しいことがあると、自分の人生これでいいのか?この選択は良かったのか?と迷ってしまったりするけれど、自分がその時には良いと思って選択したことは
、きっと間違っていない。時には良い事のほうの比重が大きく見えることもあるし、悪い事のほうの比重が大きく見えてしまうこともある。それはその時々の本人の感じ方の違いなのかもしれない。
捉え方ひとつで全く違ってくる。淡々と刺繍をしているうちに、そんなことを思った。
これから起こる事柄についても、その法則のことを頭に入れておけば、そんなに悲観しないで済むかもしれない。悲しいことが起こったとき、その事柄の中から良い要素も同時に見つけ出せるかもしれない。悲しい・・・でも、待てよ?この点ではしあわせなんだ、なんて思えるかもしれない。一方向からしか物事を見るのではなくて、違う方向からも見てみる・・・という癖をつけられば、もっと心がラクになるかも。良い事が起こったときは、素直にその事を喜ぼう。やがてマイナス面が見えてくることがあるけれど、マイナス面ばかり大きく捉えようとしないで、プラス面のことも、ゆっくり頭を切り替えて考えてみよう。。10年前からうやむやにしていた自分の気持ち、特にここ半年位の間は、ひどく落ち込んだ日々が続いていたけれど、その結果こんなことに気づく事が出来た。今までも、少しは頭の中にその法則のことがあったのだけど、やっと心でも理解できることが出来た気がする。やっぱりこれもその法則。10年もかかってしまったけれど・笑。
結婚で故郷を離れて暮らしているという数人の方からあたたかいメールをいただいた。こんなちっぽけなことで悩んでいる私を励ましてくださった。ご自分も苦労されている状況にもかかわらず。
私のためにご自分の時間を費やして、長い文章のメールを送ってくださった。本当にとても嬉しく、ありがたかった。涙腺がゆるむ。やっぱり人には人が必要なんだ、と改めて思った。人が人に与えられることって、こんなにも大きい。素晴らしいなと思った。ほんとにどうもありがとう。わたしも、何かのかたちで、いつか誰かを助けられるようになれたらいいと思う。
まだテストをすっきりとクリアしたわけではないけれど、一段階進めたかもしれない。とことんごまかしなく落ち込んでみたら、何かがきっかけになっ
たり、何かが見えてきて、違う考え方ができるようになるのかもしれない。
迷っても、時にはアクションを起こすことも必要かもしれない。うやむやにして、ごまかすのを癖にしてはいけないと思った。



左上は1年前くらいに出会って以来、私をよく助けてくれている本。締め切りが終わったらまた読み直したい。心理学博士のシェリー・カータースコット著。三笠書房からの出版。右上は昨日出会った本。この本には昨日助けてもらった。心理学博士で作家のリチャード・カールソン著。サンマーク出版から発行。忘れていた事を思い出させてくれるような本たち。
甘えん坊でヒステリックで、泣き声が大きくうるさくて、実はストレスのひとつになっている猫。でも、その反面かわいくて、癒される存在でもある。私を必要としている。だっこをせがむ時は、椅子に座っている私のひざに、「ねえねえ」と片手をのばしてくる。かわいいその様子を見るとだっこをしてあげたくなる。夜中、ふとんに入ってきて、私のまくらに自分も頭をのせてきて、並んで寝る。うるさいくらいゴロゴロ喉を鳴らして幸せそうな顔をしているのを見ると、寝不足になるけどかわいくてたまらない。ふわふわな毛に顔をうずめると、お日様のような匂いがして、ほっとする。いつまでこの子と暮らせるのかな。実家と私のもとを、行ったり来たりを繰り返しながら13年生きている。一昨年に死にそうな病気にかかったけれど、運良く生き延びてくれた。この子もあの法則にピッタリあてはまる。
きのう久々にお花を買いたくなった。こんな事柄からも、少しずつ平穏な気持ちが戻ってきているのを感じる。自分の中に、新しい気持ちがうまれたことを感謝できる。心配して励ましてくれた人や、いつも見守ってくれている彼にも感謝。 |